碧い世界

壮大な無駄が無駄でなくなる時刻


エコポイントなるものせいで家電や車の消費が上向いているのかどうか・・・?
バカバカしくてエコポイントがどんなもであるのか知る気にもならない。

次々と消費するライフスタイルは資本主義社会を成立させるのに不可欠だが、その消費社会の底辺を支える庶民的階級が消費する力を失いつつある。
それは貧困と表裏一体である。

しかし、人間は経験してみなければわからないこともたくさんある。

正直に告白すると私自身も若いころ一時、ブランドにはまったことがある。
私の場合、なんでもとことんやってみるというところがある。
イタリア旅行に行ったときにプラダ・ボッテガベネダのようなその当時(20+?年前くらい)まだまだ日本では無名なブランド品を購入したのである。
しかし、もちろん、非常勤の仕事や障害者の作業所、職員の薄給でお金が続くはずもなく、すぐにブランド熱はおさまった。
一過性の高熱みたいだった・・・・ハハハ

でもそのおかげでブランドのバカバカしさがよーく分かった。
本場でその馬鹿らしさを体得した!(モノは言いようだ)

イタリアで学んだことは「人を外見で判断する」ということの愚かしさ。
まあ、最近は日本の庶民でもそうですけど。
立派な身なりができるということはお金をそれなりに持っているということだが、その身なりだけでそのお金をどうやって得たのかということはわからない。
店員が立派な身なりの人を歓迎するのは商売のためだろうが、それは媚を売っているだけのこと。
資本主義っていう奴は人々の心と態度まで卑屈にしてしまう。
そして自分に利益をもたらす人間には良い顔をし、そうでないやつは無視するか、邪魔をされた場合は叩き潰す。
お金の前には心も魂も売り渡す、自分が嫌な仕事も、本来すべきではない仕事もすすんでする、そうすることがこの社会ではうまく生きて行く方法だった。
そのストレスをまた消費することで紛らわす・・・・
抑圧された気持ちを別な欲望を満たすことでなんとか安定しようとするのである。
欲望社会の悪循環である。


現在、庶民階級は貧困層に転落しつつある。

それは言いかえれば、消費社会から脱却しつつある。

でもそれで飢えて死んだら困るでしょ!ってお叱りを受けそうだが、このブログで何度も言ってきたが人はもともと食べることが必須ではなかった。

食べられない=生きられない という固定観念が死にいたらせている側面もあるとおもう。
だからと言って、今日から絶食しましょうなんてそれは絶対しないほうがいい。
ホームレスの方々への炊き出しや他の援助も続けるべきだ。

話が食べることに言ってしまったが、本当に言いたいのはお金というものが媒体となっているこの社会構造そのものが絶対的なものであるのかどうか、それを疑ってみてほしいと思うのだ。

税金・ガス・電気・電話・家賃・学費・NHK受信料・・・いつも私たちはお金を必要としている。
それってなんなのさ と思ってみてほしい。
30年近く家計簿付けながら、なんなのさ!と思い続けてきた。
何で生きるのに他人にお金払う必要あるのさ!って思い続けてきた。


最初に言った通り、経験してみなければわからないことがある。

仮にすごくお金持ちだとして息子か娘が自慢の高級外車を持ち出して事故を起こしたとしよう。
車は大破したが奇跡的に本人は無事だった。
本人はそれまで親に反抗的だったが命の危険にあったことで反省し、親に真剣に謝罪した。

人として親としてまっとうな感覚を持っている親だったら、さらに息子か娘を責めるだろうか?
おそらく息子、娘を責めないだろう。命があったことを喜び、許すだろう。


地球上にいる私たちは息子か娘、地球という空間・資源をいじくりまわして瀕死の状態にし、さらに自分の首まで占めようとしている。

欲望を暴走させて生きてきた自分たちの行動を素直に顧みることができた時、壮大な無駄は無駄ではなくなる。

宇宙を生みだした意志は子供たちが学ぶのにけちるような親ではない。



関連  宇宙の食事情

     宇宙の意志   魂の再生・輪廻1
                魂の再生・輪廻2



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なんじゃらほい FUNAIさん

スピリチャル・気・アセンション等に関連する本も多数お出しになっている船井さん

いくつかは読みましたし、フナイワールドにも一度行ったことが・・・

でも??????

まあ、一般的には私のほうがもっとはてな〜なんでしょうけれど・・・・ははは

凛の会郵便不正事件は氷山の一角だ。
業界で半ば公然と行われていたことを政治がらみにしたい検察


という記事の中、


さらにおどろくのは、このページの中ほどを見ると
 
船井総合研究所 化粧品通販で儲ける 新規直販体制構築セミナー
<※ その他、郵送費8円で送れるDM活用法、開封率100%DM活用法などの事例をお伝えいたします。>などということがいまだに堂々と書かれているのだ。



というのを見つけた。

もちろん、全てがこの調子であろうとは思わないが、ビビッとくるものがある。



関連  孤行雲流水 郵便不正事件は氷山の一角!



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マイケル・ジャクソン 逝く

マイケルの『スリラー』のPVをTVでノーカットで見た。
当時はわからなかったが今ではこのPVの意図がよくわかる。

夜、人気のないもりの中をマイケルと彼女がデート中、マイケルが満月をバックに狼男に変身する。
その狼男は彼女を喰らい始めるらしい・・・
(むしゃむしゃという音だけしか流れない)

という映画をマイケルと彼女が観ていたが、彼女はその映画が気に入らずに映画館を飛び出す。
マイケルと彼女は夜の街の通りを歩き始める。(ここから歌が始まる)
墓場の横を通り過ぎマイケルの歌に乗って二人はリズミカルに歩き続ける。
墓場からゾンビたちが姿を現す。墓の陰から、棺の蓋をあけ・・
やがて二人はゾンビに囲まれる。
マイケルもゾンビに変身。
それからあの有名なダンスシーンとなる。


狼は西洋では悪者にされてきた。
草原の民にとっては狼は神、日本語でも本来は大神であろう。
磔刑にされたイエス・キリストの真名はフェンリル
フェンリルのスピリットは銀白色の狼である。
故に最初のシーンでは「反キリスト」を表現している。

フェンリル Jesus Christ Story 1 神徒
スピリット   爬虫類にこだわるのはもうやめませんか?(1)            
       同                     (2)
      赤頭巾ちゃんのもとをたどれば


墓場からゾンビが復活するのは古代エジプトから続く 死者を再生する魔術 を現している。
まあ、実際のゾンビはあんなに切れるダンスはできないと思いますけどね・・・


マイケルの母親は『エホバの証人』の信者であった。
ものみの塔(後にエホバの証人)の創設者はチャールズ・T・ラッセル

彼はロスチャイルド家と友人関係にあり、シオニストたちに協力しており、自らもシオニストである。
彼は、フリーメーソン会員であり、オカルトに深く傾倒、エノク魔術、ピラミッド学、薔薇十字思想、その他さまざまなオカルト活動に取り組んでいた。 彼は小児愛者である。また、金銀鉱山や莫大な隠し不動産を所有し、本部には金塊を隠す秘密の貯蔵庫があったそうである。
    イルミナティ悪魔の13血流 フリッツ・スプリングマイヤー

引用   P474
エホバの証人や元信者の中にはロックミュージックと関係のあるものが多い。もっとも人気のあるエホバの証人のロック歌手はマイケル・ジャクソンである。彼は最近協会を脱退したと聞いている


カリフォルニア州の経済破綻は確実のようである。
マイケル・ジャクソンは最後の時まで利用されたようだ。
文字通り、骨の髄までしゃぶられてしまったのかもしれない。

このPVは夢から覚めたところで終わる。
彼女がゾンビに追い詰められて館に入る。
ゾンビたちは窓、壁、床下を破り追い詰める。
ゾンビに変身したマイケルが彼女に手をかけた時、周囲が明るくゾンビも消えて悪夢から覚める。
しかし、彼女の肩を抱いて立ち去るマイケルがカメラ方向を振り返る、その時のマイケルの顔はゾンビである。

このPVが全世界でヒットしている時、イルミナティの連中は笑いが止まらなかったことだろう。


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最終局面

札幌の空は昨日より雲一つない快晴、北国もいよいよ夏本番である。

現在、元帥達と宇宙同盟のトップの打ち合わせが行われている模様。

元帥(げんすい)とは真導師の一番上の位の存在、といっても地球でありがちなようにお金と権力をたくさん持って威張っているわけでは全然ない。
真導師の中で道を極めたもの、修業を積んだものである。
その魂年齢は軽く億を越える。
宇宙空間では老いるということがないから見かけは青年のようである。
決してしわくちゃなおじいさん、おばあさんではない。

真導師とはその名の通り、真理に導く役割だ。
その仕事のうちの一つに学びのためのストーリー(シナリオ)を用意し、それをお膳立てし見守るというのがある。
いよいよ、最終局面ということで元帥達の登場のようである。

この期間の学びは2極・光と闇・善と悪という学びだった。
その学びが終局する。
この地球空間はいわば3D体験ゾーン、ここで人間は様々な出来事を通して学んできた。
故にここでの肉体の死は恐れることはない。
そうは言えどもこの空間は地球のゲームよりかなりリアルである。
だから、リアル 現実界(3次元)ということなのだが・・・・

しかし、3次元界のからくり、つまりゲームルールを見破ることができればこの世界が虚構であることがわかってくるだろう。
この世界が実は夢・幻だということがわかるだろう。
夢から覚めていれば、覚醒していれば何が起きようとそれは意味のあることであり、学びの総仕上げであると理解できるはずだ。

魂は永遠であり、魂は常に学び、進化する。
己の欲望や執着、狭義な固定観念にとらわれ続ければ本体である魂を失うことになる。


真導師    宇宙の高次元界の職業・仕事

二極の学び  2001・9・11 世界は終わるはずだった
         2012とかアセンションとか救世主とか終末思想とか

三次元界のからくり  闇のマインドコントロールシリーズ
              カゴメカゴメの謎ときシリーズ

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集団の狂気・欺瞞

昭和20年3月28日 沖縄・渡嘉敷島の集団自決

資料・文献を読む進むほどに「集団自決」という言葉が適切ではないという思いがする。

http://keybow49okinawan.web.fc2.com/siryou.html

日本は今、アメリカの道連れとなり転落していく様相だが、この小さな島国日本もさらに小さな島々や周辺地域をを蹂躙してきた。
よく、先の戦争に関する考え方にたいして自虐史観という言葉が使われるが、よそ様が人をいじめたり殺したりしているから、同じように自分もやっていいのだとは普通考えないものだ。
自虐という言葉を使うところにまた、人間の狡猾さを感じてしまう。
自戒という言葉ならいいかもしれない。
確かに日本は追い込まれた、罠にはまってしまった。
もちろん、内通者がいたからだが・・・
一見味方と思われる敵が一番始末におえない。
しかし、闇の勢力とはそういうものである。
それらのことをすべて含めて自戒、自省するべきであろう。

渡嘉敷島の話に戻る

引用開始
四五年三月未、アメリカ軍は沖縄本島上陸に先立って、補給船団の泊地として慶良問海峡を確保するため、まず列島を叩いた。このとき海上挺身戦隊の主力は出撃しなかった。阿嘉島による第二戦隊の慶良間島支隊、大下小隊が単独でアメリカ軍船団に特攻を敢行したのみだった。
敵が出現したら島から出ていくはずだった部隊で、陸上戦の訓練も準備もとぼしい「水上特攻隊」は、もっぱら「天覧の栄に浴した」、その特攻魂に住民をまきこみ、多大な犠牲を与えつづけたというのが、慶良間の海上挺身戦隊の戦いのあとであるわけだが、その実態をもっとも象徴的に示したのが渡嘉敷島の赤松隊と住民の集団自決だった。

渡嘉敷島には海上挺身第三戦隊の一〇四人のほかに二一〇人の基地部隊、特設水上勤務隊に属する朝鮮人軍夫二一〇人、朝鮮人慰安婦六人、島民編成の防衛隊七〇人がいて、赤松大尉の直接の指揮下に入っていた。
数百人の島民もまた、島の軍隊の責任者で、軍事化された共同体の権力者であった赤松隊の統制下にあったといえよう。

中略

二七日夜、赤松は駐在巡査を通じ、住民は西山の友軍陣地後方の盆地へ集結せよと命令した。頼るは赤松隊のみと信ずる島民は、豪雨のなかをカマスやムシロをまとい、アメリカ軍の警戒を突破して盆地へ集合した。ところが赤松は住民に、今度は友軍盆地外へ撤退せよと下命した。
二八日、アメリカ軍は高地に陣をかまえ、包囲体勢をととのえ、迫撃砲を撃ってきた。この時、赤松から防衛隊員を通じて自決命令が下された。防衛隊員所持の手榴弾、各自二個が唯一のたよりだった。三六個あった。親族がひとかたまりになった。一}発に二、三〇人がおり重なった。手榴弾の不発その他で死にそこなったものは棍棒で頭を打ち合い、カミソリで首を切り、鎌や鍬で身内の頭を叩き割り合った。川の氷は血の流れと化し、号泣は盆地に満ちた。

三九四人ここで死んだ。死にきれなかったものは陣地へおしよせたが、赤松は壕の人口に立ちはだかり、一歩もはいるな、陣地付近を去れと怒号する。二九日、盆地は砲撃され、住民三二人と赤松隊員数人が死んだ。

後略

サンデー毎日1972年4月30日号
       「渡嘉敷島住民・集団自決の真相」     
                                石田郁夫

http://keybow49okinawan.web.fc2.com/sundaymainichi/sunday123.html


「集団自決を追って」 星雅彦

には星氏が取材をもとに集団自決のありさまを再現しようと試みている。

この惨劇のすえ、結果的に権力から遠いものほど多く死んだ。
村落の有力者や赤松隊も全滅せずに生還している。
生還したからと言って家族や隣人に手をかけてしまった人のそれからの人生が決して楽しいものではないことは察するに余りある。
また、その場に居合わせた人が思い出したくもない事柄であることも想像できる。
できれば、そのまま目をそむけていたい事柄だ。
誰にとっても・・・・

しかし、戦争の正体とはそういうものであろう。
もっと言えば、追い詰められたときに人間の本当の姿が見える。
楽な時はだれでもいい顔ができる。
追い詰められた時、苦しい時、絶体絶命の時、魂の本質が問われる。



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