碧い世界

縄文文化の崩壊2 縄文人とは



縄文文化の崩壊1より続く
日本や中国の公認歴史書や公認文書にあらわれた日本先住民は、大きく言えば、次のようになる。彼らの大部分は、大陸や弥生文化の入る前より、日本列島に住んでいた縄文人といってよいだろう。これらの呼称は、植民者、征服者たちが、先住民たちを軽蔑して付けた名前が多いため、正確さに欠け、一部は重複している呼称もあるだろう。南方から順に見てみよう。

沖縄人 (南西諸島 南方系)
阿麻美〈あまみ〉人 (南西諸島 南方系)
熊襲〈くまそ〉  (南九州 南方系)
隼人〈はやと〉  (南九州 インドネシア系)
安曇〈あぐも〉  (北九州 インドネシア系)
肥人〈くまびと〉 (西九州 南方系)
国栖〈くず〉   (四国、畿内大和から関東)
佐伯〈さえき〉  (北陸から関東)
土蜘蛛〈つちぐも〉 (関東から西日本 ツングース系ウイルタか)
八束脛〈関東 (土蜘蛛と同族か)
越人、高志人〈こし〉 (裏日本 ツングース系)
蝦夷〈えみし〉 (東日本 主としてツングース系)
毛人〈えみし〉 (東日本 苗族系とオロチョン族の混血か、蝦夷と一部同族か)
粛慎〈みしはせ〉 (東日本北部 ツングース系 エミシと重なるか)
労民〈ろうみん〉 (東日本 オロチョン)
穢多〈えた〉  (ウイルタの蔑称か)
渡島蝦夷 渡島狄〈エビス〉 (青森から北海道にかけたのアイヌか)
蝦夷(北海道 アイヌ
日の本 (千島列島 コロボックル

これらの人々は、ネグリュート系、マレー・ポリネシア系、インド・アーリア系、ツングース系、アイヌ系とさまざまであり、何万年、何千年の間に棲み分け、共存したり、人種的、民族的な混交も進んだ。一万数千年の間、これらの縄文人たちは、国家や支配のない平和な社会を保っていた。

蝦夷・アテルイの戦い」 久慈力 より

私は以下のように推測する。

日本列島が南太平洋にあった時(龍が丸まっていた時)、太平洋文化ともいうべき比較的広い範囲に渡る文化が存在していた。
島々の間では航海によって交流も盛んであった。
しかし、その文化は国家や階級による大規模事業による搾取、石などによる建築物の文化を持たなかったので、その痕跡は残っていない。
従って自然破壊という痕跡もない。
その時代の日本列島に住んでいた人達は今日では南方系と言われている人達である。
紀元前四千年ごろ、日本列島が縦に長く(龍が起きたとき)なった後にツングース系、オロチョン族等大陸の北方系との交流、交配が進んだ。


コロボックルについては妖精に近い存在だと思う。
話は一気に過去に遡るが、アトランティス大陸の生きものたちが火星人たちによって虐殺されたときに、小さな存在たちは深い森に入って逃れた。
そしてそのまま森に隠れ住んだのである。
イシスとババの地球創世記


いや〜ホラが大きすぎてついていけませんな〜

確かにそう思われることでしょう。かおまる
一万年も二万年もとびこえますからね〜
でも時間とはいつも一定ではないのです。
また、3次元と中心の7次元とでは時間の流れが異なります。
いつも一定ではないので、こうだとは言えないのですが、
向こうの一日がこちらでは一月や一年だったりしました。

過去形で言うのは今この空間もかなり時間の流れが速くなっているからです。
矢継ぎ早にいろいろなことが起こるのはそのためですね。
いってみれば、地球の決算期というわけです。



続く




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縄文文化の崩壊1




自然と共生し、人が平等で、誰かに支配されることなく、自由で自治を行っていた縄文文化の社会は、何故、衰え、滅びてしまったのか?

その原因の一つに紀元前4000年前から起きた気候の寒冷化がある。

寒冷化については、私は二つ要因があると考える。
地球全体の寒冷化と日本列島そのものが動いたための寒冷化

後者の理由はいわゆるトンデモ論の域に入る。
日本列島は大陸と違い、宇宙同盟 が置いた龍体である。
南太平洋に丸まっていた龍は階級社会=一部の支配者がその他大勢の上に君臨し、搾取するそういった文化を持ってやって着た者たちの侵略のために目覚めた。
よって日本列島は縦長になった。
参照  日本語は宇宙の共通語
   カゴメカゴメの謎とき

縄文文化 円筒式文化圏の中心は東北から北海道西部にかけてである。entou.jpg
       「三内丸山は語る」縄文文化の再検証 久慈力 より



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丸まった龍体の頭部の方を中心に縄文文化は栄えていたのではないだろうか?

紀元前4000年頃、龍が伸びあがり日本列島の位置になる。
気候が寒冷化し、食物の絶対量が不足し、一時25万人もいた縄文人の人口は、晩期には7万5000人程度まで減少している。

三内丸山が急激に衰退したのは、紀元前2000年頃であり、弥生文化との接触ではなかった。

しかし、その後紀元前1700年ごろから環状列石で大湯文化、青森では遮光式土偶で有名な亀ヶ岡文化繁栄する。

ストーンサークルや巨石文化は地球空間の支配者が考え出した地上の人間をひざまずかせる方法であったと述べた。宗教というツールの発生1
宗教というツールの発生 刻印

このことから、私は縄文文化衰退の始まりの第1地要因は、地球空間の支配者たちの直接介入ではないかと思う。

しかし、メソポタミア文明、エジプト文明、その他の文明にも力を注いでいたため、また、縄文人が階級社会になじまないために強固な階級社会を誕生させることはできなかった。
従って祭祀社会、自分たちが派遣した祭祀、又は現地で要請した祭祀中心の社会に持っていくに留まったのではないだろうか?

今日のアイヌ民族を始め先住民族の性質から考えても、どこからともなくやってきた神を名のる支配者に抵抗したとは思えないが、かといって自分たちの生き方をすぐ変えることもなかったのではないだろうか?

続く

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宇宙のスポーツ事情



明日も休日、中の月曜日ということで、久しぶりにかる〜い宇宙事情を

宇宙ではスポーツ選手という職業はないです。

スポーツはあくまで楽しみ、娯楽です。

どういうスポーツがメジャーかというと、
バスケットボール、サッカー、野球、ですね。
あと、バリエーションでバレー、テニス、バドミントン いわゆるボール・羽の打ち合いで。

バスケットはセントラル界の神子に人気です。
髪をなびかせて、とても華麗に繰り広げられます。

サッカー、野球は暗部(アンブ)を中心に人気があります。
人数集めに苦労しているようでチームは一つしかないです。
本当にひろ〜い空間で伸び伸びとやっています。
というか、広すぎて全体把握できなくなったりもしているようです。

どれも、子どもの遊びと同じようにその時々のルールでテキトーに楽しんでいます。


後はみんな自然の中で遊ぶの大好きです。
雪山から海まで一気に滑り降りるとか、
ソリもスキーもスケートも道具なし、全て生身でやってます。
海(しょっぱくない)、湖で泳ぐのも好きです。
イルカ・クジラ(地球と全く同じではない)さんと一緒に遊んだりします。

セントラル界の御三家 イエス・キリスト ルシファー フェンリル も遊ぶ時は無邪気な子供のように先頭切って遊びます。


遊びに対して、地球でいうと道がつくものと芸術は修業です。

地球の柔道・合気道・弓道・剣道 等、中国武術系では氣の要素が強いですね。
宇宙の武術は氣をつかいます。
氣をどのように扱うかで戦い方のバリエーションになります。

また、音楽、舞、書、等は地球では芸術の類ですが、宇宙では武術に入ります。
音・舞・言葉を用いての戦い方もあります。

よって、芸事だけをする芸術家というのは存在しません。

戦いは地球の肉体と異なり、相当な怪我(怪我もします)をしても完治します。

ただ、魔術との併用によりその効果が増幅されるとその限りではありません。


武術の修業は自らの精神を研鑽、修練、鍛錬するため=闇に負けない強い精神・心を保つために行われます。
望まない人はこれらをすることがありませんが、ほとんどの人は何らかをしています。
神子・暗部(あんぶ)・真導師 は必須です。



毎度のトンデモでしたが如何でしたか?

アニメ・ゲームで戦いものが非常に多いですが、宇宙での記憶のせいかもしれないですね。

人の心とは不思議なものです。

善くあろうとしながらもいつの間にか悪しき道に踏み込んでしまうこともある。
強くあろうとしながらも、道を踏み外してしまうこともある。

悲しみや苦しみのどん底で喘ぎ、同じ苦しみと絶望を人にも与えたいと復讐へと向かってしまうこともある。

悲しみ・苦しみながら、自分と同じように苦しむ人、嘆く人の姿に気がつかない。
自分だけがつらいと思い込んでしまうこともある。

誰でも一足飛びには成長することはできないけれど、学ぼうとする気持ちさえ失わなければより深く知り、より大きく広い心を持てるようになれるんではないでしょうか。



 セントラル界 

  宇宙のファッション事情 





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ストーカー?目を付けられている?



このところ、当ブログの話も日本のに移ったところであるが、
これまで日本を覆ってきた黒い霧、または、巣食ってきた闇の巣窟、が
一挙に明るみに晒されそうである。

キーワードは CIA 北朝鮮 統一教会 創価学会 電通 日航もかな・・それにまとわりつくいろいろも

まさにほりの季節!お芋堀

のつるを辿ると次々とどす黒い大きなおが・・・・
小さいのもけっこうあるね。豊作だね。

あっとあのおいしいほっこりとしたおさんに失礼ですね。


そういうわけで、検索していると麻薬ストーカー行為、被害とかも目にいろいろと飛び込んでくる。


でさっき、ストーカーの手口とか画面で眺めていたら、

なんと、窓の外に一台の白いワゴン車が・・・・・

あなた、ひょっとしてストーカー屋さん?

でも違ったら恥ずかしいので、ただちらっと見るだけにしておきました。
あの白いワゴン車に乗っている方、勘違いだったらとてもごめんなさい。


えっと、別に手間暇かけてストーカーしてもらってもかまわないんですけど、

効果はでませんのであしからず。

何をされてもやることは変わりません。



ということで、日本におけるイルミナティの下請け屋さん、下っ端工作員、ただ使い捨てられるだけのかわいそうな組織の方々のやってきたことが、そろそろゴロゴロと地上にころがりでるでしょう。

収穫の秋

反省猿 よろしく 反省の秋はいかがでしょうか?






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縄文の世界3


今回で縄文の話はとりあえず終わりにしよう。


引き続き 参考は、「三内丸山をは語る」−縄文社会の再検証  久慈力 新泉社 

縄文社会は共生社会〉

* 自然と共生する社会

縄文社会は、自然、宇宙との共鳴、共振の社会である。

アイヌ世界には、ウレシパモシリ、すなわち万物が響きあう世界という言葉がある。
火も家もフクロウも星もあらゆる存在がカムイであり、人間と平等であり、人間に恩恵を与えてくれるという考え方をする。

アメリカ先住民も多いなる精霊が人類全体の幸せのために、地球とそこにある全ての物を創ったと考えている。

引用開始
三内丸山遺跡の盛土遺構は、実はこのような世界観の現れなのである。人間だけでなく、動物も植物も土器も石器も、わけ隔てなく魂ある存在であり、この世で生をまっとうした時には、人間と同じように、供養し、あの世に送ってあげる。このような世界観を認識しない限り、遺跡の語る真実を読みとることはできない。終わり



*人間同士が共生する社会
引用
『東京新聞』1997年1月1日「縄文人の生き方に学ぶ」と言う記事は、次のように述べている。縄文魂がここに表われている。

「頭は普通の大きさなのに、手足の骨はボールペンのように長くて細い。
北海道虻田町の入江貝塚から発掘された約5千年前(縄文中期)の縄文人の遺骨。
古い骨から当時の病気を読みとる『古病理学』と呼ばれる最新の研究成果により、この人は重度の身体障害者だったと解き明かされた。

診断したのは、この分野の研究者で東京都老人総合研究所疫学部門部長の鈴木隆雄さん。
『5歳くらいでポリオ(小児麻痺)にかかり、四肢の筋肉が全てまひしたのでしょう。20歳前後で死亡するまでの十数年間、ほとんど寝たきりの生活だったはずです。
 中略
鈴木さんは『重度の障害者を支えるには、集落全体で助け合わなければ無理。この時代から既に福祉や介護という精神文化の発露が見られる貴重な事例です』と驚く
」終わり

障害を持った家族、仲間を大切に扱ったというのは間違いないことだろう。
おそらく縄文人の意識としては、別に特別なことをしているわけでもなく、むしろ当たり前のことだったのではないだろうか?
だって、万物すべてが響きあう世界なのだから。
あなたは少しみんなと違うからダメ なんて思わなかったであろう。
もし、誰かがそんなことを言ったら、きっと周囲の誰かが「それは違う」と諌めたであろう。


縄文社会は自治社会〉

*自ら生産し、消費する社会

 縄文社会、三内丸山社会において、分業はほとんど存在しなかった。
全ての人間の全ての能力が発揮されるように機能していた。
すべてが「生産者」であり、「消費者」であった。
社会的、階級的分業はなかった。
全ての人が野良仕事をやり、手仕事をやり、狩りをやり、遊戯をやった。
全ての人々が「教師」であり、「シャーマン」であり、「政治家」であり、「芸術家」であった。

 分業は人間の能力を封殺する。人間は国家の、社会の、会社の、工場の歯車になってしまう。
人間の能力は、組織と機械、権力者と経営者によって吸い上げられる。
国家、企業、政党、教団等の人口組織によって、人間は奴隷や家畜のようにされてしまう。
生産力信仰を持っている人達は、生産力を向上させる分業制度を謳歌するが、分業は歴史的必然でも人間の属性でもない。
分業は社会的病理である。


すごい! 何も言うことありません!全くその通り!

宇宙では分業は存在しない。
職業というものはある。
地球の言葉で言えば 全てが個人事業であり、自由業である。

参考 宇宙の職業

*自ら生み、育てる社会

縄文社会は自らの手で生み、育てる社会である。
専門のの産婦人科医も専門の産婆もいない。
プロフェッショナルな教師も教授もいない。
(中略)
縄文社会には、学校も教師も学習塾もなかった。
大自然と集落が「学校」であり、大自然と親が「教師」であった。
子供達は親のまねごとや手伝い、大自然の遊びの中で学習した。
集落全体で集落全体の子供の教育を自然にしていた。

 大人は子供を教育するものだ、教師は子どもを教育するものだ、と言うのがそもそもまちがいなのである。
大人も子供も区別はない。
教師も生徒も区別がない。
人間も自然も区別がない。
ただ、何人も何人も学びあい、助け合い、連帯しあうのである。


ここもその通り。

参考  宇宙に学校はない

*自らを律し治める社会
引用
モルガンの『古代社会』は、インディアン社会の根本的原理について、次のように述べている。
縄文社会、三内丸山社会でも、自由平等友愛は、氏族の根本原理であった。
奴隷を支配しながら、植民地を抑圧しながら、賃金的奴隷制を維持しながら、「自由」「平等」「友愛」を掲げた、偽善的社会とは異なっている。


確かに宇宙の基本は自治 と 自由平等友愛 である。

参考 政治家・官僚・企業は地球だけの突然変異職業


友愛 が少し怪しげに聞こえるのは、それは誰かが大判振る舞いするからだろう。
偽善やただ外側を取り繕っただけの厚化粧のような、「ジユー」「ビョードー」「ユーアイ」はもういらない。
しかし、問題は私たちがそれをきちんと見分けられるかどうかである。





宇宙には宇宙政府なんてものはない。
宇宙同盟というゆるやか〜な自治組織があるだけである。
組織は緩いがそこに属する存在たちの魂の意志は強固であり、決して闇のささやきに惑わされたりしない。
最近、「宇宙人と地球の代表者(独裁者)が会う」なんて冗談も聞こえてくる。
月にもなんかかんか仕掛けもしているか、しているふりをしているのか。

闇に心を占領させているものは、光の存在の前に立つことすらできない。
反省しさえすれば、内なる光を取り戻し、温かく迎え入れられるであろう。

地球空間=3次元界の様々な仕掛け は3次元界の人間の想念=思い込みでできている。


見せかけだけの「自由」「平等」「友愛」の厚化粧に彩られている奴隷制社会の幻想に騙されている限りそれは消えない。




かつてこの地球上でも人間たちは宇宙の摂理通りに生きていた時があった。
その摂理を乱し、闇のささやきに負け、自分中心の欲得に従うものによって、それらの社会はことごとく蹂躙され、破壊された。
悲鳴、悲しみ、苦しみ、絶望、おびただしい血が流され、数えきれない命が奪われた。

なぜ!何故!こんなにも苦しまなければいけない、絶望の淵をさまよわなければならない!
怒りと嘆きの声が響き、その恩讐は地を這い、覆い尽くした。

しかし、この長い、苦しい旅に出ることを決めたのは他ならぬ自分自身の魂である。

自らに課した試練から逃れるべきでない。

いくつもの迷い道、トラップもあった。

それらの全ては自身の魂が成長するためのものである。

この旅の終わりに 本当の自分=内なる魂 に出会えることを祈るものである。







テーマ:心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル:心と身体

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